断酒記録フォト④ 断酒が軌道に乗ってきたころの苦い経験からの学び
2018.11.10 断酒878日目
断酒記録フォトをずらずらっと。
今日は断酒が軌道に乗ってきたころの学びを書きたいと思います。
朝、満員電車に揺られながらSNSで今日も飲みません宣言をして出勤するのがこの頃のルーティンでした。
飲まない仲間が多くいてくれるのは心強いものです。
しかし、その仲間からいきなり文句を投げつけられたこともありましたし、
理不尽な価値観の押し付けなど、
生真面目な私はいちいち真に受けて大変な目にあいました。
断酒が軌道に乗ってきたころ、お酒をやめられない人や、やめても我慢の断酒をして
愚痴や文句や不満を常に吐き出している人に付き合っていることがとても辛く、
分かち合う、支えあうことが難しいと感じるようになりました。
当時は自分と他者との切り分けができずにいて、相手をサポートし続けないといけないような使命感があったのですが、
今の私から見ると、それは相手の依存を甘んじて受け入れている行為そのものでした。
このことから自分にも相手にも、良い方向へ向かうにはどうすればいいのかを学ぶ機会にもなりました。
相手の不満や愚痴は相手の中に沸き起こった相手の問題です。
解決するのは相手の内側の責任です。
同じように自分に沸き起こった不安や不満は当然自分で解決せねばなりませんから、まずは自分と向き合い、自分の問題を解決する時間を持つことが大切です。
当時の私はそれができず、相手のお世話バカになって大切な自分の心のケアも、家族の時間も随分おざなりにしていました。
お互いの領域を守り、節度ある関係が築けないといずれ関係は崩壊します。
節度が分からない人とは今では距離を置くことを大切にしています。
いつまでも愚痴が絶えない人とも距離を置くようにしています。
聴き続けることが親切ではないのです。
聴いている自分の時間を奪われているし、いつまでもそれを解決しようとしない相手の成長を阻んでいるとも言えます。
そもそも愚痴は聴いていると気分が悪くなりますよね。
言っている本人は無意識のうちに相手の士気を下げて、人のエネルギーを奪っているのです。
聴いている方はエネルギーをとられているのですから、自分のことではないのにイライラしたり、無気力になってしまうこともあります。
いつまでも聴き続けるのではなく、話題を変えるなどして切り上げましょう。
仲間がいると心強いですよね。
でも、エネルギーを搾取するような仲間には御用心です。
仲間であるようでそれは残念ながら共依存です。
人は互いに切磋琢磨できる、励ましあえる、認め合える付き合いができる仲間を選べるということを忘れないようにしたいものです。
またもし、今いる環境に違和感や苦しみが伴うのであれば、それは自分にとって相応しくない環境だということも忘れずにいたいです。
断酒が軌道に乗ってくると、思考が変わり、思考が変わると行動が変わり、付き合うひとも変化していきます。
変化は成長の現れですので、様々な出会いや挑戦を楽しんで過ごしていきたいものですね。
今日の山びこ 断酒寸言集「山びこ」より
「酒害は酒害者自身が自分の治療者にならない限り治らない」
酒害者は入院拒絶、断酒会への入会拒絶、家族や同僚の忠告を拒絶し飲み続けるものです。
これは自分が酒害者であるという認識を拒絶しようとする心理が酒害の結果として生まれるからなのです。
すべての病気は早期に発見し、早期に治療することにより治りが早いことは万人の常識であり、アルコール依存症も同じことです。
しかし、アルコール依存症は、初期であればある程、
自分はもとより周囲の人もアルコール依存症であることに気が付かないし、
中期・終期になればなる程、症状の一つとして認識拒絶の心理が生まれるとすれば真に不思議な厄介な病気であると言う外はない。
酒害への自覚が生まれれば、その治療の大半は終わったといえます。
即ち、酒害を治療するのは酒害者自身でなければできないからです。